こうの史代『夕凪の国 桜の国』作品舞台・描かれた場所の解説

中野通りの桜並木

こうの史代先生の名作漫画『夕凪の街 桜の国』。

この作品は、戦後の広島と現代の東京を舞台に描かれています。今回は作品の舞台となった場所や作中に描かれた建物などを詳しく紹介していきたいと思います。

こうの史代『夕凪の街 桜の国』とは?

こうの史代『夕凪の街 桜の国』

『夕凪の街、桜の国』は2004年に出版されたこうの史代先生の漫画作品です。

語は三部構成になっています。

まず初めの「夕凪の街」は1955年の広島が舞台「桜の国(一)」は1987年の東京、続く「桜の国(二)」は2004年の東京と広島が舞台となっています。時代も場所も異なる物語が次第に繋がっていくという構成です。

この作品は1945年の8月に広島に投下された原爆、そしてその後遺症や差別について描かれています。そのため、フィクションの作品ではありますが、作中に実在する場所が丁寧に描きこまれています。

※記事の特性上、物語の展開の一部に触れておりますのでご注意ください

原爆ドーム画像こうの史代『夕凪の国 桜の国』漫画感想/新装版との違い

『夕凪の街』舞台、広島県広島市

広島市街地の画像
現在の広島市街地 (2019)

「夕凪の街」は終戦から10年経った1955年の広島市が舞台になっています。

広島といえば、1945年8月6日の午前8時15分に原子爆弾が投下されました。アメリカ軍により世界で初めて実戦兵器として原子爆弾が使用されたことはご存じかと思います。広島市街地は灰燼に帰しますが、その後復興を遂げている広島市街地が物語の舞台です。

平和大橋 (広島市中区)

目次ページ(2,3ページ)で主人公の皆実が腰を掛けている橋は平和大橋です。

広島市の元安川に架かるこの橋は、1952年に戦後の復興事業のひとつとして建造されました。描かれている橋の欄干が特徴的ですが、これは有名な彫刻家イサム・ノグチがデザインを手掛けています。

平和大橋は平和大通りの一部として、市街地と平和記念公園のある中島エリアを結ぶ役割を果たしています。また、平和記念公園を中心に東側に架かる平和大橋と西側に架かる西平和大橋とは同時期に建てられ、対の関係にあります。以前、同じ場所に架かっていた橋は原爆投下の際に落橋してしましいました。

「桜の国」の回想シーン(92,93ページ)にも描かれています。

西平和大橋 (広島市中区)

21ページで主人公の皆実と打越さんの背景に描かれているのが西平和大橋

平和大橋と対になる橋で、1952年に復興事業として建造されました。欄干のデザインはイサム・ノグチで、平和大橋と同じく独特の外観をしています。デザインのイメージは舟の舳先。

作中では、主人公の皆実がこの橋付近でふいに原爆投下時の凄惨な記憶を思い出す描写があります。もともと架けられていた新大橋は原爆の被害に遭って落橋しており、爆心地からも近いこの地では多くの被災者が亡くなったと考えられています。

「桜の国」で七波と東子が市街地を歩くシーン(82ページ)でも描かれています。

原爆ドーム (広島市中区)

27ページに1画面で大きく描かれているのは原爆ドームです。

ユネスコの世界文化遺産にも指定された被爆建造物ですが、もともとは広島県産業陳列館として1915年に竣工した建物です。設計はチェコ人のヤン・レッツェルで、ドームを冠した欧風のデザインが印象的です。その後、広島県産業奨励館と名前を変えました。

原爆ドーム画像

原爆投下時は爆心地に非常に近いにもかかわらず、奇跡的に倒壊を免れます。復興に際し、他の被爆建築が取り壊されるなか、紆余曲折を経ながらも原爆の凄惨さを後世に伝えるためのモニュメントとして永久保存されることになりました。

桜の国でも、67ページと85ページに描かれています。

『桜の街』舞台、東京都中野区

中野通りの桜並木
中野通りの桜並木 (2014)

桜の国の舞台の中心は高度経済成長期以降の東京です。

この漫画は二部に分かれていて、前編の(一)では東京都の中野区。後編(二)では西東京市が主な舞台となっています。どちらの話も西武池袋線沿線であることが共通点。

前編では、主人公の石川七波は小学生。中野区の集合住宅で家族と暮らしていますが、弟の凪生の通院がきっかけで、病院最寄りの西東京市(当時の田無市)に引っ越すことになります。後編は父親のある行動がきっかけで、広島を訪れたり、かつて暮らした中野区を訪れるなど、ロードムービー的に物語が展開していきます。

※桜の国は二部に分かれており、正式には桜の国(一)と桜の国(二)です。
 本文中は便宜上、前編・後編と紹介させていただきます。

野方配水塔 (東京都中野区)

桜の国(一)の扉絵をはじめ、多くのシーンの背景に登場するのが野方配水塔

ドーム屋根を冠した巨大な建物が印象的で、気になった方も多いのではないでしょうか。

この野方配水塔は多摩川の水を東京西郊(中野・杉並・豊島・練馬・板橋・北区)に配水するために1929年に建てられた施設です。高さは約34mで、内部は貯水タンクの役割を果たしています。

都庁から見た野方配水塔

現在は配水塔としての役割を終えていますが、戦前に建てられた古い建築であることから、国登録有形文化財に指定されています。同時期に建てられた北区の大谷口配水塔は、残念ながら老朽化のため2005年に取り壊されてしまいました。

前編では39ページ、41ページ、51ページ、52ページ、後編では88ページ、90ページ、94ページと多くの場面で登場します。広島の原爆ドームと野方配水塔という2つの戦前から残るドーム屋根建築を描きこむことによって、物語の繋がりを表現していると考えられています。

中野区立みずのとう公園 (東京都中野区)

野方配水塔

52ページで主人公の七波と友達の東子がブランコを漕いでいるのがみずのとう公園です。

街のシンボルである野方配水塔に隣接する区立の公園。配水塔を取り囲むように造られているので、この名前が付けられています。実際にブランコなどの遊具があったり、ベンチも多く設置されているので、現在も地元の人の憩いの場となっています。

後編では88ページに広島から帰ってきた七波が東子を送るために数年ぶりに公園を訪れる描写があります。

西武新宿線 新井薬師前駅 (東京都中野区)

43ページに描かれているのは、西武新宿線の新井薬師前駅です。

七波が弟・凪生の入院している病院に行く際に、新井薬師前駅の駅前で通りかかった東子に200円を借りる描写があります。弟の病院は田無にあるという設定なので、西武新宿線1本で行くことができます。ちなみに新井薬師前駅は各駅停車のみ停車する小さな駅で、田無駅までは12駅ほどあります。

西武新宿線 田無駅 (東京都西東京市)

前編で45ページと、後編58ページで描かれているのは西武新宿線の田無駅です。

前編では弟・凪生の入院している病院の最寄り駅という設定です。作中では、改札口を出てきた七波と東子が描かれており、あえて背景に「→北口」という文字が書き込まれているので、凪生の病院は北口にあったと考えられます。

前編の最後に「凪生が通院になって病院の近くに引っ越し」という文章があるので、その後石川家は田無駅付近に引っ越しました。

後編では七波が父親の後を隠れて追いかける場面で描かれます。父親が駅に向かっている描写で駅舎にしっかりと南口という文字が書き込まれているので、石川家は田無駅の南側にあったことが推測できます。

ちなみに田無駅の繁華街は北口側、西東京市の田無庁舎等の行政・公共施設は南口側にあります。

東京駅八重洲口 (東京都中央区)

JR東京駅画像

60ページと88ページには東京駅八重洲中央口が描かれています。

田無駅で偶然の再会を果たした七波と東子は、父親を追ううちに東京駅へとたどり着きます。駅前の高速バス乗り場で父親が乗車した高速バスの行先は広島駅。追うことを諦めようとした七波ですが、東子の計らいにより同じ高速バスに乗車するのでした。

現在、ほとんどの長距離高速バスのりばは東京駅八重洲南口の東京駅高速バスターミナルに集約されています。ちなみに高速バスおりばは東京駅日本橋口です。

広島駅 (広島市南区)

広島駅前画像

64ページには広島駅が描かれています。

高速バスで東京から広島になってきた七波たち。さっそく駅前から広島電鉄(広電)に乗って市街地へと移動します。広島駅は市街地から北東方向の少し離れた位置にあり、路面電車の広島電鉄が駅と市街地を結んでいます。

作中では駅の看板の上にあるJR西日本の広告までしっかりと描かれています。

広島平和記念資料館 (広島市中区)

平和記念資料館画像

具体的に描かれていませんが、広島で七波と行動を別にした東子が訪れた場所が平和記念資料館

原爆投下の爆心地にも近く、被害も甚大だった中島エリアに戦後作られた平和記念公園。公園内の最南端に建てられたのが平和記念資料館です。建築は丹下健三のデザインで1955年に竣工。現在では国重要文化財に指定されています。

展示室は東館と本館に分かれていて、8月6日の被害を実物資料で展示しているほか、被爆者の活動や広島戦後の歩みについても紹介されています。本館が長らく改修工事中でしたが、2019年にリニューアルオープンしています。

まとめ

『夕凪の街 桜の国』はフィクション作品ですが、実際に起きた広島の原爆投下とその被災者たちをテーマにして描いています。

そのため、作中には実在する場所がかなり細かく描きこんでいます。単行本巻末の地図や解説で、こうの先生自身が事実や場所について補足していますので参考にしながら読むとより作品を理解することができると思います。

また、この作品を読んで興味を持ったら実際に聖地巡礼に訪れてみるのも楽しいかもしれません。

特に桜の国に登場する中野区の新井薬師前駅や野方配水塔のある周辺は、哲学堂公園や妙正寺川沿いの遊歩道など散策が楽しいエリアでなのでおススメです。


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