【秩父神社】名工 左甚五郎が手掛けた美しい社殿彫刻の世界

秩父神社の彫刻

秩父神社の社殿彫刻

秩父神社は埼玉県秩父市にある神社です。

毎年12月に行われる秩父夜祭で有名な歴史のある神社で、延喜式にも載る関東地方屈指の古社として知られています。

秩父市街地の中心に位置しているため、秩父駅や西武秩父駅からも徒歩圏内。秩父観光の際にはおススメの名所です。

木々に囲まれた緑豊かな境内には、多くの摂社や末社が点在するなど見どころが多いです。そのなかで特に見ごたえがあるのは境内の中心にある御本殿。社殿の四方は極彩色の社殿彫刻が施されています。

秩父神社の御本殿

秩父神社の社殿
秩父神社の社殿 (2016)

秩父神社の本殿は1592年(天正20年)再建されたものです。

以前の社殿は1569年に武田信玄の侵攻を受けて焼失しており、徳川家康が関東入りした際に寄進したと伝えられています。権現造りの建築様式を持ち、埼玉県の有形文化財に指定されています。

秩父神社拝殿の彫刻

社殿の周囲には故事や逸話をもとにした色彩豊かな動物彫刻が施されています。神社や寺院の社殿に彫刻を施す建築は、安土桃山時代から江戸時代の初期にかけて流行しました。日光東照宮をはじめ豪華絢爛な社殿彫刻は参拝する人の目を和ませています。

権現造とは?

権現造とは、徳川家康を祀る全国の東照宮で多く用いられた日本の建築様式のひとつ。前後に並んだ拝殿と本殿を石の間と呼ばれる建物で繋いで一体化させるところが特徴です。秩父神社をはじめ、秩父地方の著名な神社である三峯神社や長瀞の宝登山神社の社殿も権現造が採用されています。

左甚五郎とは

日光東照宮の画像
左甚五郎の彫刻がある日光東照宮 (2010)

社殿彫刻の制作には彫刻職人が活躍しました。その中でもよく名前が知られているのが、左甚五郎です。

この左甚五郎は謎の多い人物で、安土桃山~江戸時代初期に活躍したと名職人と言われています。しかし実在したことを裏付ける史料もなく、詳しい生没年などは分かっていません。

彼が手掛けたとされる彫刻は全国100カ所にあり、もっとも有名なものは日光東照宮の眠り猫。秩父神社では「子宝・子育ての虎」と「つなぎの龍」の彫刻を手掛けたと伝えられています。

つなぎの龍
左甚五郎作と伝わる秩父神社「つなぎの龍」

左甚五郎は講談や落語にも登場しています。

後述する「つなぎの龍」の伝説のように彼にまつわる伝説や逸話は数多く残されています。

江戸時代には一般的に広く名の知られた人物であったことは確かですが、本当に実在したかは疑わしいところもあります。当時は左甚五郎という名が名職人の代名詞として使われたり、それを名乗る人物が複数いたこと可能性が高いです。

秩父神社社殿彫刻の見どころ

秩父神社拝殿の彫刻

社殿のみどころは絢爛な彫刻の数々。

社殿をぐるりと囲むように様々な彫刻が施されています。

なかでも動物の彫刻が多く、虎や猿といった実在する生きものもいれば、龍や麒麟などの瑞獣の姿も見えます。なかでも押さえておきたいのは子育ての虎お元気三猿つなぎの龍北辰の梟の4つの彫刻で、現地にもしっかりと解説の書かれた案内板も設置されています。

改修工事の秩父神社社殿
改修工事中の秩父神社社殿

なお、2019年から御鎮座2100年奉祝事業の一環で本殿改修が行われています。

改修工事は2023年まで続きますので、その間は足場が組まれて一部の彫刻が見られない場合があるそうです。経年劣化により退色が進んでいた彫刻たちも、順次塗りなおされて鮮やかに生まれ変わっています。

子宝・子育ての虎

秩父神社拝殿の彫刻
社殿正面にある「子宝・子育ての虎」

本殿正面の四面に掲げられているのは虎の彫刻です。

虎の彫刻のなかでもっとも目立つところにある「子宝・子育ての虎」は子虎と戯れる虎(豹)が施されています。

この彫刻は左甚五郎作と伝えられています。虎は神仏を守護する存在だけではなく、社殿の寄進をした徳川家康が寅年であることから、家康公を威厳を表したものとも考えられています。

繋ぎの龍

社殿の東側にあるのが「つなぎの龍」。

こちらの彫刻も左甚五郎が手掛けたものと言われ、鮮やかな青龍が立体的に施されています。その名のとおり、よく見ると龍の身体全体に鎖が巻き付けられているのが分かります。

よく見ると鎖に繋がれている

この龍には伝説が残されていています。

そのむかし、秩父神社から南東の方角に少し行った場所にある秩父札所十五番の少林寺近くの天ヶ池という池がありました。池には龍が棲みついていて、暴れた際には決まって秩父神社にある青龍の彫刻の下に水たまりができたそうです。そのため、この彫刻を鎖で繋いだところ怪異は止んだのだとか。

つなぎの龍説明版

あまりに精巧に作られた彫刻や人形に魂が宿るという考えがあって、全国的にも似たような話は多く残されています。左甚五郎の彫刻は特に秀でていたことがわかるエピソードです。

小さくてかわいい 北辰の梟

社殿背後、最北端の位置に施されているのは「北辰の梟」。

このフクロウの彫刻はかなり小さいのですが、可愛らしくとても人気があります。日光東照宮の眠り猫も非常に小さいことで有名ですが、この北辰の梟もほかの彫刻と比べると非常に小さいので見過ごさないように注意が必要です。

北辰信仰との関係性

北辰の梟はその名の通り、北辰信仰が関係しています。

この彫刻はよく観察してみます。身体はこちらに背を向けていますが、頭だけこちらを振り返るような恰好をしています。身体を本殿側に向けながら、振り返って正反対の方角を見ています。フクロウの見ているのは北極星のある北の方角です。

なぜ北を向いているのかといえば、秩父神社の御祭神である妙見様(現在では天之御中主神)は北極星と同一視されていたため。北辰いうのも北極星の異名です。北辰信仰で重要な北の方角を守る大切な役割を担っているのが、北辰の梟というわけです。

全国的にも珍しい、フクロウの社殿彫刻

とても小さくて可愛らしい北辰の梟

神社や寺院の社殿彫刻には、龍・麒麟・獅子といった瑞獣を置く場合が多いです。

何故なら、縁起がよいだけでなく神仏を守護する存在と考えられていたためです。そのほか近世になると猿・鹿・兎などの実在する身近な動物を置くことも増えました。しかし、北辰の梟のようにフクロウが描かれるケースは珍しいです。

説明板によれば、「洋の東西を問わず、梟は知恵のシンボル」なのだとか。秩父神社の御祭神である八位思兼命(やごころおもいかね)は知恵の神とも呼ばれているため、知恵のシンボルであるフクロウが用いられているようです。

たしかに、西洋で言えばローマ神話に出る女神ミネルウァとともに描かれることも多いです。ここでもフクロウは知恵の象徴とも言われ、京都の出版社であるミネルヴァ書房のマークがフクロウであったことも思い出されます。

少し前に話題になった、漫画『約束のネバーランド』にもフクロウのマークが登場します。書籍に残されたフクロウのマーク、そしてミネルヴァなる人物の存在が物語の展開に大きく影響してきます。気になる方は是非。

参考図書『約束のネバーランド』

北辰テストなるもの

最後に余談をひとつ。

秩父神社のある埼玉県で用いられている高校入試模擬試験の名を「北辰テスト」といいます。

県内の中学3年生約9割が受験していると言われ、埼玉県民で知らない人はいないとか。高校受験前に自らの偏差値を知り、高校選びに役立てるためのテストですが、県内の高校私立高校では北辰テストの偏差値が直接影響してくるとかこないとか。このテストには「北辰しるべ」という梟のキャラクターが用いられています。

秩父神社社殿彫刻の画像

秩父神社拝殿の彫刻
本殿正面の彫刻たち(改修前)
秩父神社の彫刻
よく見ると経年劣化が著しい
秩父神社拝殿の彫刻
本殿正面の装飾と知知夫神社の扁額
本殿正面を東側から撮影
秩父神社拝殿の彫刻
本殿正面には有名な子宝・子育ての虎がある
狛犬と麒麟 その1
狛犬と麒麟 その2
獅子と麒麟 その1
獅子と麒麟 その2
秩父神社の彫刻
細部まで作りこまれた獅子の像
秩父神社の彫刻
前脚まで造形された麒麟の像は珍しい
本殿西側の彫刻
本殿西側の彫刻
雷神と獏の像

秩父神社の情報

住所 :埼玉県秩父市番場町1−3
最寄駅:秩父鉄道 秩父駅から徒歩5分、西武秩父駅から徒歩15分

※本殿は2019年~2023年まで修復工事中です。

期間中は一部見ることのできない彫刻がありますのでご注意ください。

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